――森が、せまってくるよ。
それはいつしか、<森喰い>と呼ばれた。
一夜のうちに彼らの集落を飲み込んだそれは、少年の目には土を喰らう巨大な化物のようにも見えた。その森はただ静かに、全てを呑み込み、その体躯を拡げる。水面の波紋のように、あるいは、津波のように…。
小高い丘の上、初めて乗った馬の背から、少年はそれを見た。それが旅の始まりだった。<森喰い>から逃れる、彼ら一族の旅の始まり。
目が覚めると、焚火は消えていた。懐かしい夢を見ていた気がする。天頂の色はまだ夜明け前のそれだが、東の空は幽かに明るみを広げつつあった。少年はそれに誘われるように、独り歩を進める。…来るのならば、そろそろの筈だ。
地平線に登りつつある光を背に、巨大な躰を引き連れ<森喰い>が迫る。数年ぶりに見たそれは、かつて馬の背から見た景色と同じだった。あの中には何かがある。少年には不思議とわかっていた。
そして、少年―クッカは<森喰い>へと足を踏み入れる。<森喰い>とは何なのか、それを知るために。<森喰い>を止める術はないのか、それを探るために。
…そして、<森喰い>の中、少年は一人の少女と出会う。
彼女の名はセレ。
この物語は言葉も通じぬ二人の、クッカとセレの物語である。